きぼう屋

希望さがして希望みつけて混沌の世界と精神を 今日も淡々と生きてみる。。。

FC2 managemented FC2 managemented

いろんな出来事がありすぎて
偽りが溢れすぎていて
自分を守るための武器は誰の手にも握られていて
何が幸福で
何が平和なのかわからなくなります。

この世の中に不信感と疑問を抱いている私も
この世の中の一員なのだと思うと
鳥肌が立ちました。

2006.09.28 10:31 URL | 十萌 #- [ 編集 ]

きぼう屋さん、はじめまして。

はじめて直接の知り合いではない方から、
コメントを頂いてすごくうれしい気分です。


きぼう屋さんは、クリスチャンなのですね。

権力体制や他宗教への不理解に違和感があるため、
特定の宗教を信じることは避けたいと考えていますが、
人間として聖書を読んで気づきを得ることもありますし、
教会の神々しい雰囲気のなかで過ごす時間は、
いいものだなぁと感じます。

立場こそ違いますが、
きぼう屋さんのコンセプトには、
非常に共感を覚えます。

これからも、よろしくお願いします。

近日中に、リンクを張らせていただきます。

断片: http://fragments.tv/

2006.09.28 14:13 URL | 永田椿 #UNdLjkBc [ 編集 ]

いつもありがとうございます。十萌さんの詩、涙しつつ味わっています。
わたしたちもどうあがいても世の一員で、
世を知るほどに絶望するしかないのですが、
キルケゴールさんが言うように、
ここで絶望できることが幸せで、
絶望できず幸せと信じきってしまうことが、
実はもう救いようのない絶望なのだと思います。
そして後者の生き方は楽だと思いますが
もっとも大切な何か・・・ここでは希望と表現するようなものを知ることもないと思います。
前者で生きると、希望を知りますし、愛を知ることになるとも思います。
世というのは矛盾しているものというところがただしい見方かなあと・・・
で、希望の上で幸せに矛盾の中の絶望を味わいたいなあと・・・
そんなところかなあ・・・

2006.09.28 15:00 URL | きぼう屋 #- [ 編集 ]

十萌さんに続いて深い問いかけです。
わたしはクリスチャンですが、「キリスト教」をはじめ「宗教」が嫌いです。
歴史的にそういう「かたち」を持った時点で、
保守的で閉鎖的で攻撃的になっているし・・・
そもそも「国家」と密接に結びつく仕方で
「宗教」というかたちができあがっていると思うからです。
でも、今でもそういう枠組みを徹底的に拒否しつつ、本質を追及する教会も、少数ですがあって、わたしはそういうところと出会うことができました。
また「宗教」という「かたち」は、それこそ「国」も「企業」も「資本主義」も「学校」も、
みんな内包していて、今の日本という国はとりわけそういうものが大きくて、ちょっと好きではありません。また、これが平和をつくれない原因の大きな一つと思っています。
今後ともいろいろ教えて下さい。感謝。

2006.09.28 15:09 URL | きぼう屋 #- [ 編集 ]

先日はコメントありがとうございます。
わたしも上の方と同じような気持ちから宗教徒ではありませんが、人間が色々な悩み、苦しみ、希望から発露させる宗教情操には強く共感する者だと思っています。
また現世的なものを削ぎとった宗教の本質にあるものは美しいものだと思います。詩(や音楽)はあらゆる宗教の持つだめな部分を超えて人の心をとらえあらゆる種類の人たちをつなげる力を持っている感じます。
またお邪魔したいと思います。

2006.09.28 17:27 URL | ぺんぺん草 #- [ 編集 ]

先日はお邪魔しました。
宗教も政治も社会雰囲気も同じと思いますが、大きく分けると、何かとすっきり答えを出す原理主義とよばれる仕方と、ひとつひとつのいのち、あゆみから丁寧につながりや希望を見出す仕方があるのだと思います。
そして後者の仕方を選び取るときに、本質的な事柄が大事になり、良い意味での宗教がそれを知らせてくれることがあるかなあと思います。私がメンバーである教会は、今度となりのイスラム教会と一緒に、イラク戦争で被災された方を中心に分かち合いのときを持ちます。後者の仕方では宗教の枠はもうあちこちで超えています。ただ、そういう情報は日本ではあまり入らないですよね。なんでだろう。

2006.09.28 17:57 URL | きぼう屋 #- [ 編集 ]

きぼう屋さん、訪問&コメントありがとうございました。
きぼう屋さんは、詩も書かれるのですね~。
とても社会的で知的で、なんとコメントしていいのかわからないのですが(笑)、またお邪魔させていただきます☆

2006.09.28 23:06 URL | ひっつじ #- [ 編集 ]

訪問ありがとうございます。こんな感じでやっていきますので、またよろしければのぞいてみてください。

2006.09.29 06:21 URL | きぼう屋 #- [ 編集 ]

トラックバックありがとうございます。
きぼう屋さんは、クリスチャンということだそうです。
カトリック自由と正義協議会や、日本基督教団や
クリスチャンの平和遺族会西川さんなど、私の
みのまわりにも、クリスチャンがたくさんいらっしゃいます。
改憲に反対しているクリスチャンの方々と連帯していきたいと考えています。

2006.09.30 08:25 URL | 日本国憲法擁護連合 #wLMIWoss [ 編集 ]

日本国憲法擁護連合さん感謝。
良き連帯を望みます。

2006.09.30 09:05 URL | きぼう屋 #- [ 編集 ]

先日はこちらのブログを覗いて頂き、
ありがとうございます。
私は理系頭ですが、無神論者ではありません。
高校時代、疑問がありました。
有史以来無くならない戦争は人間の本能なのか?と。
世界史の先生は、
「本能ではない。経済概念と同時に戦争は生まれた。」
との答えでした。つまり、
「あっちの村に食い物がたくさんあるから、奪おう!」
が、戦争の原点だと思います。
正直、宗教が戦争を抑止できるとは思いません。
武装することのみが、平和を維持する方法だと思います。
人並みな意見ですが平和とは、
何事もなく働き、自由に勉強し、家族や友人を愛し、
子供と穏やかに暮らす事です。
それを守るため、軍備は必要と考えます。
ただ、イラク戦争は明らかに侵略ですけど。

2006.10.07 00:26 URL | カメラ付自転車 #- [ 編集 ]

コメント感謝。
カントさんは、戦争、暴力は人間の自然性、本性に根拠を持つことを語っていて、それを基本に国連ができましたね・・・
経済概念を人間の欲求レベルで捉えていくと、本性、あるいは本能とそんなに違いはないかもしれないなあと思いました。
今、宗教の多くは原理化しています。
実は原理は、自らの宗教教義と宗教生活圏を守るための武装でもあります。
だから、突き詰めると、宗教と武装に違いはなかったりします。
で、武装というのはひとつの「宗教」でもあるし・・・
武装を信仰するしけないわけですよね。
でも武装で戦争がなくなった歴史もなく・・・
わたしは、そういう、敢えて言うと、「悪しき」宗教感覚から、いかに解放されて自由になるかという次元を探していきたいなあと思っています。
わたし、だいぶ反抗期に荒れたのですが
あのときに親が武器なり暴力で対応していたら・・・
ちょっと今頃恐ろしい人間になっていたかも・・・
愛してくれたんですなあ・・・
今だから分かるのですが・・・
こんなのがわたしの原体験です・・・

2006.10.07 10:25 URL | きぼう屋 #- [ 編集 ]












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://kibouniikiru.blog74.fc2.com/tb.php/34-8d38b98d

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。